「プロメテ 甲乙二十五絃箏の為に」初演決定!!
2台ピアノ4手の為の「プロメテの火」楽譜の発見により、エピソード、思い出が当時を知る方たちから語られる事となりました。
その中の一つ、長男極氏の「プロメテの火」に関連する思い出として、1987年東京文化会館において行われた舞踊曲「サロメ」の改訂版初演終了後、上野駅公園出口隣の飲食店での、打ち上げ会場へ向かう道を渡る信号待ちの時、伊福部門下 原田甫氏が伊福部先生の後ろで
「『サロメ』はなんだか理屈っぽくて、僕は『プロメテの火』の方が好きだなあ」
と発言。その隣にいた池野成氏に
「このお目出度い日に、君はなんて失礼なことを言うんだ!!!」
と怒られていたという微笑ましいエピソードがありました。

▲上記エピソード後行われた舞踊曲「サロメ」改訂初演打ち上げ
伊福部先生と「サロメ」改訂初演指揮者 山田一雄氏(左から2人目)
その後「サロメ」は二十五絃箏二面の為に編作されていることから、多くの支持者が居た「プロメテの火」も広めようと、ピアノ二台版楽譜からの二十五絃箏二面への編作が検討されました。
これらの経緯を経て、伊福部門下 作曲家 石丸基司氏により、箏曲という観点から先の“オーケストラの為の交響的舞踊組曲「プロメテの火」”とはまた異なる楽曲構成により編作が行われ、「プロメテ 甲乙二十五絃箏の為に」が完成されました。

▲「プロメテ 甲乙二十五絃箏の為に」表紙
そして、「プロメテ 甲乙二十五絃箏の為に」はこの度、
2009年12月17日(木)津田ホールにおける「第23回 野坂操壽リサイタル」にて初演されることが決定
致しました。
当会では、引き続き「プロメテの火」をより広める活動を行っていく所存であり、ここに御報告いたします。
プロメテ 甲乙二十五絃箏の為に
石丸基司
光栄にも伊福部昭先生の<プロメテ>の甲乙箏二重奏のアレンジをさせていただきました。伊福部昭先生没後、長男の極さんからの情報でこの曲の存在を知ったものでした。小杉太一郎さんの筆によるデータの浄書を済ませますと、40分以上の大作であることがすぐ理解できました。<プロメテの火(1950)>は規模としても、当時の話題としても伊福部昭先生の代表的な作品の一つであることには疑いの余地はありません。ただ、なぜ今このような形で蘇らせる作業となったかを考えますと、とても複雑な宿命の作品であることが想像できるのです。人の子供と同じように、作品が辿る運命にもそれぞれの命運があるものです。
小生が師事した1983年頃から、伊福部先生は昔のバレエのコンサート版の作曲を始められたと記憶します。それを門下生として身近で目撃するという何にも代え難い僥倖に恵まれました。<日本の太鼓>が作られて、その後<サロメ>、<釈迦>といった大作が再び世に出ることとなりました。しかし残念なことに先生が存命中に叶わなかった幾つかの仕事の一つが今回の<プロメテの火>であります。スコアが紛失していたということもあって、先生は食指が動かなかったのかその理由は定かではありません。1983年の対談が残されていて、「<日本の太鼓>のほうが音楽的に面白く、<プロメテの火>をやるといったら、やめてくれといわれるでしょうね…」とありました。<日本の太鼓>の音楽的優位性というような表現をされていて、「<プロメテの火>は踊りがついて初めて活きる」とそこでは語られておりました。しかし先生にあの<日本組曲(1991)>の頃の気力と体力があと10年あれば、取りかかっていたかも知れない仕事だったのではないかと推察するのです。
野坂操壽さんが【野坂恵子さん】の時代から、伊福部先生は<物云舞>以来物故されるまで野坂さんのお人柄とその音楽性を愛されていて、<交響譚詩>のアレンジに始まり、多くの新作、編曲を捧げられたことは誰をも知る所です。また、よく伊福部ゼミにも出入りされて、作曲の勉強をされていたこともあり、その意味では同門となります。そんな縁で小生も<交響的印象「大地は霧色に沈む」>や<蒼き松に寄せる頌舞>、<雙楽>などの拙作を生み出すに至りました。その意味でも野坂操壽さんには随分御恩があります。今回の<プロメテの火>については当初、極さんから野坂さんへの進言に始まって、小生に白羽の矢が立ったというわけです。編曲するにあたって最初に考えた事。それは「先生ならこの曲をどうされるだろうか…」ということでした。それを思えば思う程筆は硬直して何も書く事が出来なくなってしまう。それは最初の正直な記憶です。後日、野坂さんからは小生の自由裁量で御存分にとの言葉を受けまして、何とかようやく筆を執るまでに至ったのでした。年末にお披露目頂く事となりまして、面映い気持ちと神妙な緊張感があります。「師匠とは負債である」という文豪堀口大学の箴言がありますが、先生と野坂さんへの些少な恩返しになればと願うばかりです。
40分以上の大作の中で、どの部分をどう採用、構成するのかが、最大の課題でした。その中で、あえてシノプシスにこだわる事を捨てて、純音楽としての<プロメテの火>の音楽の面白さに専念することを決めたのでした。それ故にあえて解体して、再構成し、調絃の変更があまり錯綜しないように仕上げるのが念頭から離す事のできない要件でした。その為に、まずは何度か出て来る<アイオの踊り>から<フィナーレ>に至る楽案をそのままにしました。次は原曲のどの楽案を頭の部分に充てるのかでした。原曲は<サロメ>を彷佛とさせる劇的な全奏で始まるものですが、中間部が相当賑やかですので、あえて、静かに独奏から始まるような材料を原曲のエンディングに向かう<間奏曲>を使いました。これは全曲の中で一度しか出てこない楽案なので随分迷いました。その冒頭の提示を済ませてから、原曲の冒頭のテーマに少し触れて賑やかな<アレグロ・リトミコ>となって行くのでした。
全体の構成を説明しますと<プレリュード><アレグロ・リトミコ><プロメテの踊り><火の歓喜><ダンス><アイオの踊り><フィナーレ>という流れに成っております。結果として<魔神の踊り><嵐><鷲の踊り>をカットすることとなりました。
小生は<プロメテの火>を知らない世代です。当初はかつて蘇演された<協奏風交響曲>のように、この曲も他の作品の開花のために解体されて養分になったと考えていたのですが、それは見事に裏切られて小生の想像を遥かに超えた作品でした。多くが伊福部先生の未知の素材によって構成されていたことは小生を驚愕させました。何より作品のテーマの<火>に象徴されるほどに熱を帯びた圧倒的持続的な音楽エネルギーを現前に、終生一貫して燃盛り続けた伊福部昭先生の音楽と命の焔との連関を深く思うのでした。
斯様な機会を作って下さりました伊福部家の皆様と関係者諸氏に感謝しております。

▲作曲家 石丸基司氏(撮影:今井聡)