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オーケストラの為の

交響的舞踊組曲「プロメテの火」完成!!


▲「プロメテの火」作曲当時

長男 極氏と共に

 

 当会の調査により発見された2台ピアノ4手の為の「プロメテの火」楽譜は、オーケストラの使用が困難な地方巡演の為に改編されたものであり、この楽譜を使用し日本各地で巡演された記録が数多く残されています。

 また、この楽譜の表紙書き署名を除き全てのページの筆跡が、1950年代、頻繁に伊福部先生宅に出入りしていた伊福部門下の作曲家 小杉太一郎氏のものであることが、伊福部家・小杉家両御遺族の確認により判明しています。
 併せて、1953年2月28日~3月4日にかけての「プロメテの火」を含む江口隆哉・宮操子舞踊団 山口県巡演に小杉太一郎氏がピアノ伴奏として参加されていることから、この時期もしくはそれ以前に伊福部先生の改編、および小杉氏の浄書が行われた楽譜である可能性が高いと考えられます。

 

       

▲2台ピアノ版「プロメテの火」楽譜表紙(左)と一頁目(右)

 

 本来、オーケストラ作品である「プロメテの火」のオーケストラ譜は未だ発見されておらず、長い間「プロメテの火」の楽曲内容は不明の状態でしたが、このピアノ2台版楽譜の発見により、その楽曲内容の全貌が解明されることとなり、先のCD「伊福部昭ピアノ作品集 第一集」には第三景「火の歓喜」の楽曲が世界初録音されました。


 このピアノ2台版楽譜の発見を受け、1950年旧帝国劇場における「プロメテの火」初演を鑑賞し、御自身も長年に渡り舞踊界に携わられている当会顧問 今井重幸先生が、この「プロメテの火」の本来の姿であるオーケストラでの演奏実現の為、音楽のみでも鑑賞に堪え得るよう楽曲構成を検討、そしてオーケストレーションに着手されました。
 

 そして、楽譜発見から約3年の歳月を費やし、2009年4月、オーケストラの為の交響的舞踊組曲「プロメテの火」(No.1゚「前奏曲」、No.2゚「小序幕」、No.3゚「間奏曲」その1゚と開幕、No.4゚「火なき暗黒」、No.5゚「アイオの踊り」、No.6゚「魔人の踊り」、No.7゚「アイオの変身」、No.8゚「間奏曲」その2゚、No.9゚「火の歓喜」、No.10゚「舞曲」その1゚、No.11゚「舞曲」その2゚)が完成されました。

   
▲オーケストラの為の交響的舞踊組曲「プロメテの火」
中表紙(左)とNo.1゚「前奏曲」一頁目(右)


 同月、伊福部昭先生・アイ夫人の神棚への楽譜完成の報告が音楽プロデューサー奥平 一氏も参加され行われまして、この作品の初演・レコーディングに向けてのプロジェクトが始動いたしました。

 

        

▲伊福部先生・アイ夫人の神棚への楽譜完成報告

今井重幸先生と音楽プロデューサー奥平一氏(右下写真左)


今後詳細が決定次第、当HPにてお知らせしていく所存です。

 

 


 モダン・ダンス界の不朽の名作「プロメテの火」の構成・編曲に就いて
今井重幸


 

 江口・宮舞踊団に依る、戦後のモダン・ダンス界の不朽の名作「プロメテの火」の初演は、1950年12月11日と12日旧帝国劇場であった。その時の印象と感動は今も私の目と耳に焼き付いて居る程、強烈なものであった。
 演奏は上田仁指揮の東宝交響楽団(現、東京交響楽団)で、小型の2管編成であったと記憶して居る。
 敗戦後の混乱と衰退した当時の文化・芸術界に、衝撃と意欲と生命力を齎した舞踊と音楽のコラボレーションであり、その影響はその頃朝日新聞に連載中の川端康成の「舞姫」にも取り上げられた程である。
 さて、今回の構成・編曲に当っては、師匠・伊福部昭没後に発見された全国巡演用のピアノ四手版とデッサンを基に、大型スタンダード2管編成とし、音楽的に印象の強い部分をセレクトして、ストラヴィンスキーの組曲「火の鳥」の様に、演奏会用の交響的組曲として再構成し、オーケストレーションしたものである。
 編曲に当っては、最初のデッサンを照合しながら、師匠の音楽的意図を勘案・熟慮して完成した積りであります。
 しかし此の度、改めて師匠の音楽的発想と総合芸術的発想の豊かさを感じ、今更ながら敬意を表する次第であります。

 

左より、極氏、今井重幸先生、当会 出口